子供はいつも、新しい。
先日、ある作家の先生が「お笑いブーム」についてお話されていた。今、大人気番組である「爆笑レッドカーペット」もここの所視聴率が落ちてるらしい。今、「お笑ブーム」と呼ばれているこの時代はやがて朽ちていくのでしょうか。これからお笑いの世界に飛び込もうとしている僕にとってはそうあって欲しくないものである。
大学の時、僕は広告について学んでいた。その時書いた論文で「子供はいつも、新しい。」という論文がある。その論文の中で『au』の『学割』というサービスについて取り上げた事がある。『学割』は携帯電話の基本料金と通話料金・パケット通信料などが半額になるというその当時では革命的なサービスであった。お小遣いからケータイの使用料金を支払っていた僕は勿論『学割』のサービスを行っていた『au』のケータイを使っていた。このサービスのターゲットはその名の通り学生である。しかしあえてお金にならない学生をターゲットにしたのはなぜだったのだろうか。
僕の勝手な妄想ではあるが、このサービスの意図はこうである。まず学生をターゲットにして学生の顧客を増やす。やがてその学生は社会人になる。その頃には、新しい学生たちが現れる。一番初めにターゲットにしていた学生はやがてじいちゃん・ばあちゃんになっている。その頃には同じ原理で新しい学生・社会人が大勢世の中に存在している事になる。とどのつまり、必然的に学生をターゲットにしていた『au』の色が濃くなる仕組みになっているのだ。これは、「子供はいつも、新しい。」という当り前な事に着眼点を置いた素晴らしいアイディアだと思う。
この『auの学割サービス』の原理を『平成のお笑ブーム』にも応用は出来ないだろうか。
僕が小学生の頃のお笑い番組といえば『ダウンタウンのごっつええ感じ』と今も大人気『めちゃめちゃイケてる』の2番組が大人気であった。しかし頑固ジジイと鼻くそババアを親に持つ僕は「教育に悪い」という意味不明な理由でこれらの番組を見る事が許されていなかった。お笑い番組を見る事が許されていなかった僕は当然「小学校のお笑い」についていく事が出来なかった。しかしそんなゴミ家訓のおかげで今の僕の特技である愛想笑いがあるのだと思っている。ただこれでも「お笑い番組は教育に悪い」というクソ概念は昔に比べたら薄れてきているようだ。そんな僕らがやがては親になる。そして子供が生まれる。僕の親は頑固じいちゃんと鼻くそばあちゃんに見事昇格し何の発言権もなくなるのである。少なくても僕は「お笑いは悪」という教育をするつもりは全くないし、そう教育する親も多くはないのではでしょうか。やがて僕らの子供は親になる。「お笑いは悪」と教えられていない僕らの子供たちは、その子供に「お笑が悪」と教える訳がない。なぜかというと元々「お笑いは正義」であるからだ。つまり「平成のお笑いブーム」は朽ち果てるどころか、その勢いを増す様な気がしてならない。逆算して考えたらこれから勢いが落ちていくのは日本の国技である相撲の様な年配の方々に人気のものであるのだ。年末特番の「紅白歌合戦」の視聴率を「笑ってはいけないシリーズ」の視聴率が追い抜く日はそれ程遠くないような気がする。
これはあくまで僕の妄想だが…